目が見えないことに意味がある

1月8日、府中の森芸術劇場どりーむホールで開催された辻井伸行さん(ピアニスト)のソロコンサート = バラードに行ってきました。

ご存知でしょうが、辻井さんは目が見えない世界的ピアニストです。彼のピアノ演奏の最大の特徴は、どんな楽譜にも必ずついてくる「小節の区切りの縦棒」が意識されていないことだと私は思っています。

目が見えないからこそできる演奏

目の見える人は楽譜を見て練習しますよね。意識はしていないでしょうけれども、楽譜の小節を区切る縦棒の存在を強烈なのだと思うのです。辻井さんに出会う前の私は、どなたのどんな演奏にも、この楽譜にはある「演奏されない」縦棒の存在を感じていました。

なんか区切りがあるんですよね。

ところが、辻井さんの演奏にはその縦棒の区切りがまったく感じられないのです。

もちろん音楽の流れの区切りはあります。ところが、いったん音がなり始めたら、1つの流れが終わるまで、どこまでもどこまでも音がスムーズに繋がって、身も心もあちらの世界に連れていかれる感じがするのです。

生まれてはじめてする体験でした。

音楽でこの世界を超越する

他の演奏家やオーケストラの演奏もいくつも聞きましたが、この体験は辻井さんの演奏でしかできません。

目が見えない辻井さんは音楽を耳で覚えます。楽譜という存在は触ったことはあるでしょうが、見たことはありません。見ることができないのですから。

おそらく辻井さんの意識の中には、あの規則正しいメロディーの流れを刻んだ小節の区切りである縦棒は存在しないのだと思うのです。

だから、音の流れそのもののつながりだけで演奏されているのだろう。それを聞いている私の意識も「音の世界」に一切の摩擦なしに溶け込んでいってしまうのだろう。そうとしか思えないのです。

ぜひあなたもこの世界から離脱する体験を

嘘だと思うならぜひ聞いてみてください。いまは Spotify というサービスがあるので、スマホがパソコンがあれば、いつでも無料で何度でも聞くことができます。

日本の誇る有名なピアニストの演奏もいくらでも聞くことがで来ます。ぜひ、同じ曲で聴き比べてみてください。

辻井さんの演奏には小節の縦棒がないことを実感できるはずです。

辻井伸行さんは目が見えないピアニストではなく、目が見えないからこそ他の誰もが真似のできない演奏ができるピアニストなのです。